2008年06月21日

「生態経済学者」では、環境対応に間に合わない。

 昨日取り上げた『高デメリット・高リスクの穀物製バイオ燃料』での参考文献の1つにあたる著書に関するものであるが、数多くのデータベースを本書に提示されている著書であるレスター・ブラウン氏の著作の中に、『レスター・ブラウン エコ・エコノミー』という本がある。

 本書は2002年4月に発刊されたもので、一般評価が高いのだが、自身は、レスター・ブラウン氏の「プラン」については高く評価していない(数値などのデータベースの提示は高く評価している)。

 本書の筆者であるレスター・ブラウンは、おそらく世界で最も有名な環境論者の一人とされる。1974年に米農務省の官僚を辞めて「ワールドウォッチ研究所」を設立した。

 しかし、本田総一郎氏がそうであったように、実践で叩き上げでノウハウが完成させた技術系の企業(経済工学系)のような、技術系経済界の見解とは大きな落差があるかと考えられる。

 ブラウン氏は行政の官僚だったせいか、次のような定義をしている。

### レスター・ブラウン氏の定義 ###

「生態経済学者」が活躍史上最大の投資機会を生む


 しかし、現実はそんなに甘いものではない。

 その一例を挙げるに、その根拠にあたるデータとして下記に示す。

### date bese ###
水産養殖:ウオジラミの脅威』(2008-06-17)
炭素サイクル:ソースとシンクとシーズン』(2008-06-18)
日本エネルギー産業の専門企業が代替燃料に手を出さない理由』(2008-06-20)
高デメリット・高リスクの穀物製バイオ燃料』(2008-06-20)


 実例として、日経エコBPが添えていた説から考えてみていこう。

### 本書の説明文 ###

例えば、前著で「経済学者と生態学者の現状認識のズレをいかに埋めるかが課題」としていた政策論において、「経済学者と生態学者が協力して、環境負荷のコストを計算し、課税すべき」と一歩進め、近い将来「生態経済学者」なる新しい職業が生まれ、活躍すると予測する。


 これも、見込みの想定が甘い。たとえば、「年金問題」といい、「高齢者の医療問題」といい、それらはマクロ経済の視点のみ(税収することのみ)で設定されており、実働の物理に沿っていない。「税金を用いるプランの立て方」や「税金システム」など、企業から見てみれば、すべて滅茶苦茶だ。こんな状態で、実現できるわけがない。

 何よりも、その前に、カルロス・ゴーンの「首切り魔方式」を用いて、自身は仕事をせずに「仕事は企業任せで外注すればよい」といった
公務員を大幅に、コスト削減する必要がある。―人員削減対象者には、農業プランを設定し、最終的な目標として、地球温暖対策や災害対策を行う一方で、国内生産で自活できるようにしなければならない。

 「経済学者と生態学者の現状認識のズレをいかに埋めるかが課題」というが、これでも現状認識のズレを生じさせ易いもので、盲点に陥り易いものだと考えられる。

 経済学畑は物理に無知である場合がほとんどで、カオスや不確定要素の計算も入れないことが多い。

 これでは、実働の現実味のある試算は不可能である。

 しかし、中には〔物理に沿って物事を組み立てていく〕といった、工学的な試みからリサーチしている経済学畑も(少なくともココに一人いる)いるので、経済学畑だからというだけで、無闇に批判はさせる気は毛頭ない。


 最も重要なのは、物理のメカニズムである。

 即ち、物理に沿ってラインを組まなければならない。それは、流れを分析しプランを構築する経済学分野の仕事でもあり、技術系の仕事でもあるが、これを行わない限り実現が難しいのは、日本経済では何度も経験してきたことではないだろうか?

 一言で言ってしまえば、経済という世界ほど、カオス性が高く不確定要素が発言しやすい世界で、まるで水物のように、あいまいなものでもある。

 過去にこれで失敗してきたケースなどは日常茶飯事に生じているもので山ほどあるはずだ。

 したがって、〔「構造工学」および「機械工学」、且つ、「現代経済学」+「マーケティング」+「経済工学」による試み〕が解決の糸口になるかと考察している。


 さらに強調して言えば、〔エコロジー〕視点は、死角を生じやすく、盲点に陥り易い。

 だから、「物理の流れで追ってみていく」のが確実だ。


 しかし、本書の内容は以下のような流れを示している。即ち、経済学系のにありがちな盲点といえよう。

### 本書の説明文 ###

 さらに、「環境革命は、産業革命に匹敵する史上最大の投資機会を生む」と言い切り、自然エネルギーや養殖漁業、人工林などに対する膨大な投資の必要性を強調している。


 が、実質上では、その実情は、謳われているほどのものはなく、実際には京都議定書での目標を達成させるほどのものはなく、実現することは、きわめて難しい。

 現在計画されているものにおいても、非常に難しい。なぜなら、代替的な方法としか捉えられておらず、局部的にしか見ていないことが多い(そこで終わっている)からだ。―更に結論を述べれば、実現できないのは、総人口におけるエネルギー需要などの統計的な試算で考えていないからだ。

 それらをもとに、計算してみたが、時間の経過に従っての、環境の状態を考えれば、それまでの人間活動で引き起こした物理現象や、これからの人間活動でこれから引き起こす可能性があるものまで入れて計算すると、環境に対応することは、明らかに間に合わない。

 つまり、ここで「明らかに間に合わない」というのは、早いうちに、我々にとって、これまで考えても見なかったような生存危機問題が、あちらこちらで引き起こされていくものだと想定している。(つまり、現在の立地条件から計算すれば、少なくとも、無傷には、すまないだろうという話である。)

 更に、物理的に沿うものを集めて、プランとして試算して見た。

 インシデント・レスポンスやリスクに対応し、アセスメントまで盛り込んで、環境の流れに対応しようと計算すれば、必ずどこかで、対応策上のパラドックスが生じ易くなってしまうため、対応においては、極めて難しくなる。


 少なくとも、物事の物理といったものにおいて、現実は、われわれが考えるほど、簡単には、出来ていないようだ。

posted by 0≠素子 at 00:00| Comment(0) | research - personal study | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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